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セルゲイ・アントノフ インタビュー

クラシック・リスナーに贈る
ジャズ名盤この1枚

文・藤本史昭

王子ホールマガジン Vol.18 より

「チェット・ベイカー・シングズ」
チェット・ベイカー

チェット・ベイカー(vo,tp)
ラス・フリーマン(p)
カーソン・スミス、ジェームズ・ボンド(b)
ボブ・ニール、ピーター・リットマン(ds)

1954年2月15日/1956年7月23日、30日
カリフォルニアで録音

 今でこそジャズマンは健全でジェントルなイメージの人が増えてきましたが、その昔はそりゃあひどいもんだったようです。麻薬、アルコール、セックスという三種の神器を携えて、明日は野となれ山となれのやりたい放題。そのために早死にしたり、死にはせずとも人生の最良の時間を棒に振ったミュージシャンがどれだけいたことか。今回ご紹介するチェット・ベイカーもその一人……というか、彼ぐらいジャズにまつわる悪しき神話を一身に背負い、死ぬまでそこから抜け出 せなかった人もめずらしいかもしれません。ガソリン泥棒にはじまり、ドラッグの濫用、恋人への暴力、詐欺、監獄送り、果ては旅先のホテルから謎の転落死……と、その非道さ、出鱈目さはジャズ界屈指といってもいいでしょう。

 しかし神様というのはどうも悪戯好きなようで、そういう人間に特別な才能を与えることがままあるようです。ベイカーの場合、それは音楽――トランペット を吹く才能でした。ごく初歩的な音楽教育しか受けなかった(だから彼は終生読譜や音楽理論が苦手でした)にもかかわらず、この人には、曲を一度か二度聴けば完璧に覚えてしまい、それをトランペットで再現できる驚異的な能力がありました。その能力に加えて――これも神様の悪戯としか思えないのですが―― ジェームズ・ディーンばりのルックスですから、デビューするや、ベイカーが一躍人気者になったのも当然です。中でも決定的だったのはジェリー・マリガンと組んだカルテット。トランペットとバリトン・サックスが織りなす対位法的な即興を売りにしたこのカルテットは、そのインテリジェントでクールなサウンドが 受け、またたくまにウエストコーストを代表するバンドと目されるようになります。ここに至ってベイカーの人気は頂点に達し、53年の「ダウンビート」誌 ジャズマン人気投票トランペット部門では、なんとルイ・アームストロングやマイルス・デイビスを抑えて堂々の1位を獲得。もちろんベイカー鼻高々、レコー ド会社はウハウハです。そんな折、彼はプロデューサーにある提案をします。「今度はボーカルでアルバムを作りたい」。それが「チェット・ベイカー・シングズ」でした。

 この提案を受けたプロデューサーは、しかし当初まったく乗り気ではなかったといいます。というのも、以前試みにベイカーの歌でシングル盤を作った際、彼の音程と発音の悪さを矯正するのに大変な苦労をしたからです。つまりトランペットの腕前は超一流でも、歌のほうは素人並みだったわけですね。

 案の定今回もレコーディングは難航し(100テイクぐらい録ったという証言も残っています)、しかも出来上がった作品は批評家やミュージシャン仲間から、罵りに近い酷評を受けます。曰く「まったく感情がこもってない」、曰く「オカマみたいな声だ」、曰く「レコーディングが許されること自体がおかし い」……。

 ところが驚いたことに、多くの音楽ファンはそんなベイカーのボーカルに参ってしまったのです。能面のような無表情さは、それゆえに聴き手に無限の想像を許し、また中性的で青白い歌声は、色恋沙汰につきものの薄汚れた現実を覆い隠すかのように響いたのでしょうか。ベイカーが「僕のかわいいヴァレンタイ ン~」と歌う時、聴き手はそこに、恋の甘酸っぱさよりも、それを歌う酷薄な男からいずれもたらされるであろう絶望を嗅ぎ取り、それでもなおそこに自虐的な喜びを見出したのかもしれません。尤もベイカーは意識的にそうやって歌ったのではありませんでした。無表情なのは、音程を取るのに必死で感情を込める余裕 がなかったからだし、女性的な歌声は彼の大きなコンプレックスで、それを揶揄されると烈火のごとく怒り狂ったといいます。

 けれどそういう事情を超えて、この歌にはベイカーという人間の、弱さと邪悪さ、そしてもしかすると一握りの優しさ、が赤裸々に映し出されているように僕 には思えます。だからこそ、この作品は録音から半世紀以上が経った今でも、多くの人を――ベイカーの人生を食い尽くした麻薬のごとく――惹きつけてやまな いのではないでしょうか。

 みなさんがこの歌のむこうに見るのは、光ですか? 闇ですか?

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「スイング・ジャーナル」誌ディスク・レビュアー。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』(立風書房)、『楽器でジャズを楽しもう』(河出書房新社)がある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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