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王子ホールマガジン 連載
ピアノという仕事 Vol.21 

セドリック・ティベルギアン

ピアノという仕事王子ホールマガジン Vol.50 より

10年来の盟友であるアリーナ・イブラギモヴァとともに全5回にわたるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会に挑んでいるセドリック・ティベルギアン。室内楽だけでなく、ソロ・リサイタルや協奏曲でも膨大な作品群に取り組む彼だが、その対応力の広さはどこからくるのか。話を訊くと、幼少期から鍛えてきた「初見力」に加え、数々の輝かしい結果を残したコンクールの、「出場条件」が揺るぎない基礎をもたらしたようだ――

セドリック・ティベルギアン(ピアノ)

パリ国立高等音楽院でフレデリック・アゲシーおよびジェラール・フレミーに師事、1992年に弱冠17歳で1等賞(プルミエ・プリ)を得る。その後、数々の有名コンクールにおいて入賞(ブレーメン、ダブリン、テル・アヴィヴ、ジュネーヴ、ミラノ)したのち、98年にパリのロン=ティボー国際コンクールで第1位ならびに聴衆賞とオーケストラ賞を含む5つの特別賞を受賞。ピアノ協奏曲のレパートリーは60曲以上におよび、これまでに数々の世界的なオーケストラと共演してきた。室内楽にも力を注いでおり、定期的にパートナーを組むアリーナ・イブラギモヴァとのデュオ録音には、シューベルト、ラヴェルとルクー、シマノフスキ作品集(以上、ハイペリオン)、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集(ウィグモア・ホール Live)などがある。また最近では、ソプラノのゾフィー・カルトホイザーとフランス歌曲のアルバムを録音した(Cypres)。

Q  はじめにピアノとの出会いについてお話しください。

セドリック・ティベルギアン(以下「ティベルギアン」) 2歳半のとき、ピアノ教師をしていた両親の友人の家に招待されたのがきっかけです。その女性は美しい木材で作られた1920年代製のプレイエルのピアノを持っていて、私を膝にのせて演奏したり、抱っこして鍵盤を押すとハンマーが動く様子だとか、音の出る仕組みを見せてくれました。私は興味津々だったようで、早く寝かされたにもかかわらず、深夜に起き出して「もう一度ピアノを見せて」とお願いしたそうです。その後は毎日のように親に「ピアノを弾きたい」とせがんだのですが、その先生には5歳未満だとまだ早すぎるからと断られました。だから私は5歳になると同時に「5歳になったからピアノを教えて」と親と先生に直訴しました。

Q 幼少期のピアノのレッスンはいかがでしたか?

ティベルギアン 大好きでした。親に練習をしろと強いられることなどなかったです。いつも自ら進んで弾いていたし、新しい教本を与えられると、とにかく一番難しい曲を弾いてやろうと思って隅々まで浚いました。手に入れたその日のうちに全部弾いてしまわないと気が済まないんです。その習慣のおかげで、初見で弾く力が身につきました。今ではとても役に立っていますよ(笑)。

Q 今でも新しい曲はまずひと通り弾くのですか?

ティベルギアン そうです。新しい曲を弾くときは、まずとにかく通して弾いてみるんです。完全に弾けなくてもいいから、まず1曲を通す。すると自分なりにその曲への印象を持つことになります。それはとても重要なことで、その後曲について考えるうえで、いろいろな発見につながります。

Q 最初の先生のもとではどのぐらい勉強したのですか?

ティベルギアン 先生には長いこと指導していただきました。5歳でスタートして、22歳までですね。パリ国立高等音楽院に入ってからも、技術を教えるというよりはコーチとして私にアドバイスをくれる存在でした。

Q その後数々のコンクールで成功を収めましたね。

ティベルギアン 19歳でパリ音楽院での勉強を終えたとき、先生から「コンクールはいくら受けてもいいけれど、必ず違う課題曲を選ぶこと」という条件を課せられました。ですから常に新しい曲を学ぶように仕向けられたのです。この時期に常に新しい作品に触れたおかげで、レパートリーがかなり拡がりました。

Q 課題曲を基準に出場するコンクールを選んだということですか?

ティベルギアン その通りです。最終的には1998年にパリで行われたロン=ティボー国際コンクールで優勝して、コンクールを受けるのはそれきりになりました。今でも常に新しい作品を弾くようにはしています。何よりも自分の好奇心を満たしたいし、脳に刺激を与え続けたいから。

Q 人前で演奏するようになったのはいつからですか?

ティベルギアン オーケストラとの共演は13歳が最初ですが、「これが自分の初リサイタルだ」と意識したのは18歳のときですね。まだコンクールを受ける前です。パリ郊外の小さな音楽祭で、ベートーヴェンのソナタやショパンのバラードなど、どっしりしたプログラムを演奏しました。自分で「デビュー」ということを強く意識したので、印象に残っています。

Q ロン=ティボーの優勝は大きな転機となったかと思いますが。

ティベルギアン それ以降コンクールを受けなくなったという点では確かにそうですね。優勝したことで演奏会も一気に増えました。ほとんどはフランス国内でしたけれど、日本でも大々的なツアーを組んでもらい、さまざまなオーケストラと共演できました。でもその勢いがずっと続いたわけではなくて、停滞しそうになった時期もあります。そんなときにウィグモア・ホールで演奏する機会を得たことが追い風になりました。2004年のことです。そしてちょうど10年前の05年に、BBCのニュー・ジェネレーション・アーティストに選ばれた。これが自分の音楽人生の一番の転機となりました。

Q アリーナ・イブラギモヴァと知り合ったのも、このニュー・ジェネレーション・アーティストのコンサートだったそうですね。

ティベルギアン そう、即座に気が合いました。最初はラヴェルのトリオを弾いて、「しっくりくるな」という感覚を持った。そこでニュー・ジェネレーション・アーティストのディレクターにもっと一緒に演奏する機会が欲しいとお願いして、それがさらなるコンサートやハイペリオンでのレコーディングにつながったのです。

Q ロン=ティボーで優勝した当初はソロ・リサイタルやコンチェルトが中心だったわけですよね?

ティベルギアン 確かにそうです。そのときも五重奏や四重奏、三重奏など、室内楽のコンサートはありましたが、いずれも単発のものでした。継続的なパートナーシップを組めるようになったのは、アリーナとの出会いが大きいですね。近年ではアントワン・タメスティやピーター・ウィスペルウェイといった器楽奏者、そしてソプラノのゾフィー・カルトホイザーやバリトンのステファン・ドゥグーといった歌手とも定期的に演奏しています。自分にとって室内楽はとても大切なもので、計り知れないほどの幸福をもたらしてくれます。自分だけでなく他の演奏家のアイディアに触れ、意見を交換し、煮詰め、相手の演奏に反応していく。そうした経験をすることで自分の演奏の質も高まるのです。

Q コンサート・ピアニストとしての生活で難しいと感じる部分はありますか?

ティベルギアン 難しいのは演奏活動と私生活とのバランスですね。いつ仕事に区切りをつけて家族と過ごすべきかを見極めるのは大切なことです。幸いマネージャーも仕事を詰め込むようなことをしませんし、ツアーを組むとしても最大で3週間ぐらいまでにしてもらっています。たとえば今回の訪日では8日の滞在中5回のコンサートがあるので、ひたすら演奏に集中することになります。でもそれが終われば自宅で2週間ほど過ごせる。そうした時間にじっくりと音楽について考えを巡らせることができるわけです。延々と鍵盤に向き合うだけでなく、音楽との関わり方を振り返る時間も大切です。

Q 今後のプロジェクトについてお話しください。つい先ごろまでストラスブールのオーケストラでレジデント・アーティストを務めていたそうですが。

ティベルギアン ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団では、自分のできることをとにかくすべて提示しました。古典派であるベートーヴェンのコンチェルト、ロマン派の大作であるラフマニノフの協奏曲第3番、オケの団員との室内楽、そしてもちろんアリーナとのデュオもやりましたし、ソロ・リサイタルも行いました。充実した1年でしたね。再来年にはブルターニュのオーケストラのレジデントとなる予定です。

Q 新作の委嘱などは考えてらっしゃいますか?

ティベルギアン 実はアリーナとすべて新作によるプログラムができないかと考えているところです。異なる作曲家に、合計6曲ぐらいの作品を委嘱してプログラムを組めるといいですね。ただこれはあくまでも長期的な目標なので、いつ実現するかは未定です。

Q ソロの企画もありますか?

ティベルギアン ソロではバルトークのプロジェクトを展開中です。すでにハイペリオンで3枚のアルバムを録音していますし、ウィグモア・ホールでは3回にわたるコンサートが控えています。ひとつはバルトークとブーレーズのソロ作品、次にアリーナをはじめとする気心の知れた仲間との室内楽の夕べで、「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」などを演奏します。そして最後にバルトークとクルターグのソロ・リサイタルです。バルトークの音楽はとても好きなので、大事なリサイタルになります。

Q バルトークだけでなくシマノフスキもお好きだと聞きました。20世紀の作品に特に愛着を持っているのですか?

ティベルギアン 多くの人が20世紀の音楽というだけで尻込みしてしまうのですが、それは悲しいことだと思います。すでにひとつ前の世紀ですし、万人に知られ、愛されてもおかしくない作品が数多くあります。もちろんシューベルトやベートーヴェンと比べると興行としては厳しいし、難解な作品だってありますけれど、耳によくなじむ曲もたくさんある。それを偏見が妨害しているのが現状です。「これもバルトークなの?」と驚かれることは少なくありません。だからこそ人々に好奇心を持ってほしいし、「知らない作品だけれどティベルギアンが弾くなら聴いてみよう」と思ってもらえるように、これからも情熱と使命感を持って取り組んでいきます。

(文・構成:柴田泰正 写真:藤本史昭 協力:ユーラシック)

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