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王子ホールマガジン 連載

クラシック・リスナーに贈る
ジャズ名盤この1枚

文・藤本史昭

王子ホールマガジン Vol.30 より

「ウインター・ムーン」
アート・ペッパー

アート・ペッパー(as,cl) ハワード・ロバーツ(g)
スタンリー・カウエル(p) セシル・マクビー(b)
カール・バーネット(ds) ビル・ホルマン(arr,cond)
ジミー・ボンド(arr,cond)&ストリングス

1980年9月3日、4日 バークレーで録音

 人間、長いこと生きていれば、考え方や好き嫌いが変化するのは当然のこと。ジャズ・ミュージシャンの中にも、若い頃の演奏と歳を取ってからのそれが変わった人は少なくありません(というか、ずーっとデビューした時のまんまというのは、それはそれで問題ですが……)。しかしながら今回取り上げるアート・ペッパーのように、ある時期、ある出来事を境に音楽の在りようのみならず人生観までもがドラマティックな変転を遂げた人は、ちょっとめずらしいかもしれません。

 一流ジャズマンには少年期から天分を発揮した、いわゆる早熟の天才が多くいますが、ペッパーもそんな1人でした。ロー・ティーンの頃からプロとして活動をはじめ、18歳の時には当時もっともクールだったビッグ・バンド、スタン・ケントン楽団に加入しメイン・ソリストとして活躍。ケントン楽団脱退後は、リー・コニッツと並ぶ白人アルト・サックス奏者の最高峰として、数多の名盤を残しました。その頃の彼の演奏をひと言でいうならば、剃刀の切れ味。どんな曲でも一瞬の淀みなく完璧にフレーズを紡いでいくその様は、まるで天才作家の口述筆記を目の当たりにするかのようです。とりわけアップテンポのナンバーにおけるアドリブの冴えは素晴らしく、流麗さと歌心ということに関していえば、もしかするとあのチャーリー・パーカーをさえ凌いでいたかもしれません。

 その一方で、しかしペッパーもまた、当時のジャズマンの例にもれずジャンキー一直線の人でした。23歳の時から麻薬中毒やアルコール依存症のため、刑務所・病院の入出所をくり返し(彼の自伝を読むと、まるでムショ暮らしの合間に録音していたような感さえあります。にもかかわらずその作品の多くはほとんどブランクの影すら感じられないのですから、まあ掛け値なしの天才だったのでしょう)、ついには44歳の時、自らの意志でカリフォルニアの麻薬更正施設「シナノン療養所」に入所します。

 しかしこのシナノンで、その後のペッパーの人生を変える大きな出来事が待っていました。施設で奉仕活動にたずさわっていたローリー・ミラーとの出会いです。3年間の治療を終えシナノンから退院したペッパーは、ローリーの献身的な支えによって、自分ではほとんどあきらめかけていたジャズ界への復帰を見事果たすことになるのです。

 復帰後のペッパーの音楽。それは以前とはずいぶん趣の異なるものに変貌していました。かつての、最上の美の瞬間だけを切り取っていたかのような演奏は、哀しみや怒り、喜びを生のままに吐露する“声”と化し、深い精神性を身にまとうようになったのです。たとえば今回ご紹介する「ウインター・ムーン」。

 このアルバムは、ペッパー55歳にしてはじめて実現したストリングスとの共演作です。もともとペッパーはビッグ・バンドの出身で譜面に強く、また演奏に情感を込めることにかけては天下一品のセンスの持ち主。麻薬禍のためそれまでその機会はありませんでしたが、ウィズ・ストリングスというフォーマットでの彼の録音はジャズ・ファンなら誰もが待ち望んでいたものでした。

 そうして実際に発表されたアルバムは、しかし人々の期待をはるかに超えていました。オープニングの《アワ・ソング》でペッパーが最初のフレーズを吹いた瞬間、我々は、彼が長年にわたる麻薬との闘いの末に何を手に入れたかを知ることになるのです。切々たるトーンで鳴らされるメロディーは、まるで己が人生を振り返っての悔恨の歌のようであり、その悔恨は演奏が進むにつれて諦念へと浄化されていきます。

 さらにここでのペッパーが素晴らしいのは、ともするとウィズ・ストリングス作が陥りがちな甘さが抑えられ、それに伴ってジャズ特有の即興性が存分に発揮されている点です。最初、シンプルにテーマを奏でていたペッパーの演奏は、音楽が進むにつれて次第に熱を帯びはじめ、いつしか心の叫びとでも呼びたいフレーズの奔流となります。どんな状況であっても(たとえ企画色の強いウィズ・ストリングス作であっても)自分のやりたい音楽に妥協してはならない、妥協している暇はない……それが、その大半を麻薬のために棒に振ってしまった人生をとおしてペッパーが学んだことなのかもしれません。

 凍てついた冬空で銀色の輝きを放つ月。淋しげで、けれど慈愛にあふれたその光が、どこか彼の音楽に似ていると感じるのは、はたして気のせいでしょうか。

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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