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インタビュー マーク・パドモア

王子ホールマガジン Vol.45 より

12月にポール・ルイスとシューベルトの三大歌曲集を披露するイギリスの名テノール、マーク・パドモア。両者によるこのプログラムのアルバムもすでにリリースされており(ハルモニア・ムンディ)、なかでも「冬の旅」は2010年グラモフォン・マガジンのヴォーカル・ソロ・アワードを受賞するなど高く評価されています。来日に先立ち、ロンドン在住の音楽ライター、後藤菜穂子氏によるインタビューをお届けします。

マーク・パドモア(テノール)

ロンドンで生まれカンタベリーで育つ。ケンブリッジ大学のキングス・カレッジ合唱奨学金を受け音楽で名誉ある学位を得て卒業。オペラ、コンサート、リサイタルで輝かしいキャリアを確立し、バッハの受難曲における歌唱は世界中から称賛されている。2008年5月、ロンドンのウィグモア・ホールで初めてシューベルトの三大歌曲チクルスを行う。11/12シーズンのウィグモア・ホールのレジデント・アーティストを務め、ポール・ルイスとシューベルト三大歌曲チクルスを再演。録音も数多く、ポール・ルイスとのシューベルト三大歌曲集、クリスティアン・ベザイデンホウトとのシューマン「詩人の恋」など、多くの賞に輝いている。現在コンウォールのセント・エンデリオン夏音楽祭の芸術監督を務めている。

 

――まずはパドモアさんのシューベルトの三大歌曲集を歌うまでの道のりについて教えてください。

マーク・パドモア(以下「パドモア」) もちろんシューベルトの歌曲集には早くから親しみ、勉強もしていましたが、実際に人前で歌うべく本格的に学び始めたのは40歳を過ぎてからでした。「美しき水車屋の娘」が最初で、「冬の旅」を歌ったのはさらにその4年後のことでした。それまでは歌える自信がなかったのです。
 私は30代の頃に多くのバロック・オペラに出演し、またバッハの受難曲の福音史家の役をたくさん歌いました。そうした経験、とりわけ福音史家を歌うことを通して、聴衆に物語を伝える術を身に付けることができ、それがシューベルトの連作歌曲集へと私を導いてくれたのでした。
 私にとって、これらの歌曲集の本質は「美しく歌う」ことにあるのではなく、心理的に興味深い物語を伝えることにあると思うのです。もちろん声楽的にすばらしい部分もありますが、やはりテキストがすべてだと私は考えています。しかも3つの歌曲集は内容的にそれぞれ異なるので、歌い手としても異なるアプローチを取る必要があります。

――パドモアさんの「美しき水車屋の娘」へのアプローチをお聞かせください。

パドモア 「美しき水車屋の娘」の若き粉職人は、人生に対する見方がとてもナイーブで子どもっぽく、何でも自分の思う通りになると思っています。それは第9曲の《僕のものだ!》という歌にまさに表れています。ところが人格ができていないため、好きな娘が自分のものにならないとわかると、たちまち絶望に陥り、自ら命を絶ってしまうのです。終曲は《小川の子守歌》ですが、興味深いことに、全曲を通して小川が彼を水の中へと誘惑しているような印象があります。
 このように「美しき水車屋の娘」は若者の歌であり、私はすべての曲を原調で歌います。多くの方はフィッシャー=ディスカウを始めとするバリトンの歌唱で親しんでいるかもしれませんが、三大歌曲集はもともとすべてテノールのために書かれています。低い調で歌うと歌のパートだけではなく、ピアノのパートもより暗くまろやかな響きになり、原調の持つ音色の透明さが失われてしまうように思うのです。

――「美しき水車屋の娘」の主人公は自殺してしまいますが、「冬の旅」の場合、結末はより曖昧です。「冬の旅」の結末についてはどのようにお考えですか?

パドモア 「冬の旅」はより実存主義的で、劇作家のサミュエル・ベケットの世界に近いと私は感じます。ちなみにベケットはこの作品を愛していました。
 「美しき水車屋の娘」と違って、「冬の旅」は悲しい物語ではなく、主人公は人生に対してよりストイックで、ときには強い怒りもあらわにします。失恋した彼は裕福なビーダーマイアーの生活を却下して、冬の厳しい地を歩いて旅することを決意するのです。たしかに自殺を示唆する曲はありますが(第5曲の《菩提樹》など)、私の考えでは、彼は最終的には自殺しないと思います。最後に辻音楽師に出会うわけですが、彼は「死」の象徴ではないと私は考えています――たしかにそういう意見を持つ人もいますが。
 「冬の旅」の主人公にとって、辻音楽師は人生の苦渋を知り尽くした人物に映っているのではないかと思います。凍った地面の上で裸足で手回しオルガンを弾いている――死を除いて、これ以上の人生のどん底はないわけです。その姿を見て主人公はもう一度人生をやり直そうと思うのではないでしょうか。私にとってそれはベケットの「ゴドーを待ちながら」の世界に似ており、生きる理由を模索しているように感じます。「冬の旅」はこうした哲学的な問題を提起してくれる点でもすばらしい作品です。

――「美しき水車屋の娘」と「冬の旅」はいずれもシューベルトと同時代の詩人のヴィルヘルム・ミュラー(1794〜1827)の詩に基づいていますが、かなり内容は違いますね。

パドモア ミュラーは、シューベルトと同じく若くして亡くなりました。その詩をあまり評価しない向きもありますが、もし彼がもっと長生きしていたらどんな詩人になったかはわかりません。
 「美しき水車屋の娘」のほうが先に書かれ、これはおそらく家庭で朗読するための詩集で、おそらくミュラーはさほど真剣に書いたものではなかったのでしょう。シューベルトがたまたまそれを見つけ、傑作に変身させたのです。それに対して、「冬の旅」はより考え抜かれて書かれた作品だと思います。この詩集は音楽がなくても十分通用する充実した内容で、ハイネの詩に近いといえます。のちに、シューベルトは「白鳥の歌」において初めてハイネの詩を取り上げるわけですが。

――「白鳥の歌」はシューベルトの遺作の歌曲集で、他の2作のような連作ではないわけですが、それについてはどのようにお考えですか?

パドモア 「白鳥の歌」はシューベルトの集大成ともいえる歌曲集だと思います。もちろん、他の2作のような連作歌曲集ではなく、レルシュタープ、ハイネ、ザイドルという3人の詩人のテキストに作曲されていますし、終曲の《鳩の使い》は出版者が付け加えた曲ですが、私自身はこれはなくてはならない曲だと強く考えています。第13曲の《影法師》で終えるのはあまりにも暗すぎると思いますし、《鳩の使い》はある意味で、もっともシューベルトらしい珠玉の作品だと思うのです。すなわち、長調で書かれているにもかかわらず、シューベルトはそこに悲しみをこめることができるのです。またこの曲のテーマは「憧れ(Sehnsucht)」であり、それはレルシュタープの詩にも登場するテーマであることから(第3曲《春のあこがれ》他)、《鳩の使い》を最後に置くことによって、全体に統一感がもたらされると思うのです。人によっては曲順を変えて、最後を《アトラス》で終わらせたりしますが、私はそれには反対です。

――「憧れ」は、今回パドモアさんが「白鳥の歌」の前にお歌いになるベートーヴェンの「遥かなる恋人に寄す」のテーマでもありますね。シューベルトはこの作品を知っていたと思いますか?

パドモア シューベルトが「遥かなる恋人に寄す」を知っていたか、記録は残っていませんが、彼はベートーヴェンをたいへん尊敬していましたし、知っていたとしても不思議はないと思います。「遥かなる恋人に寄す」の第2曲に、メロディーがずっとGの音で歌われるところがあるのですが、シューベルトの「冬の旅」の第20曲の「道しるべ」にも同じように連続したGの音で歌われるところがあるので、もしかしたらベートーヴェンへのオマージュだったのかもしれないと考えています。

――パドモアさんは、これまでシューベルトの連作歌曲集をさまざまなピアニストと共演されてきましたね。

パドモア はい。さまざまなピアニストと歌うことによって、それぞれから違ったことを学べるからです。私はこれらの歌曲集をデュエットだと思っています。歌手とピアニストはまったく対等でなければならず、それは演奏上だけではなく、舞台の登場の仕方、お辞儀の仕方などすべてにおいて徹底しています。
 これらの歌曲集を最初に取り上げたときは、3作ともロジャー・ヴィニョールズと歌いました。そして、そのあと2008年にウィグモア・ホールで初めて三大歌曲集を続けて歌った際には、「美しき水車屋の娘」はティル・フェルナー、「冬の旅」はジュリアス・ドレイク、「白鳥の歌」はロジャーと組みました。これはひじょうに大きなチャレンジで、私にとってのひとつの到達点でした。それ以後、チクルスとしてはポール・ルイス、イモジェン・クーパー、ティルらと歌ってきました。
 それぞれのピアニストは違った良さをもたらしてくれます。ウィーン人であるティルにとってこれらの曲は身近な存在ですし、ドイツ語が母国語である点も強みです。ジュリアスやロジャーは、三大歌曲集のみならずリートのレパートリーを知り尽くしているという長所がありますし、他方でポールやイモジェン、ティルはベートーヴェンやシューベルトのピアノ・ソナタや室内楽曲に深い理解があり、それは歌曲集の演奏にも大きく影響します。特に「冬の旅」と「白鳥の歌」はシューベルトの後期のピアノ・ソナタとひじょうに近い世界ですから。実際、ポールも歌曲集を通して後期ピアノ・ソナタについても多くのことを学んだと言っています。


(c)Marco Borggreve courtesy of harmonia mundi usa.

――ポール・ルイスさんとは三大歌曲集のレコーディングも行い、その後も共演を重ねていますね。

パドモア ポールとは個人的にとても気が合うので、リハーサルではそれほど言葉で相談する必要はありません。結局、舞台での共演を重ねることが演奏を深めていくためのもっともよい方法なのです。これらの作品は歌とピアノの対話であり、お互いに注意深く聴き合うことで、言葉では表せないもっと深いレヴェルでの対話が生まれるのだと思います。今回の日本での公演でもそうした演奏をお届けできればと願っています。

――シューベルトは生前、「美しき水車屋の娘」も「冬の旅」も一度も全曲通して聴いたことがなかったそうですね。

パドモア その通りです。シューベルトもシューマンも、自分の連作歌曲集を通して演奏されるのを聴いたことはなく、そもそも当時はそうした習慣もなかったのです。シューベルトの場合、「冬の旅」の最初の12曲を先に作曲したのですが、友人たちにその12曲を通して聴かせたことはありましたが、友人たちはまったく気に入らなかったそうです。
 たしかにこれらの作品を聴くのは特殊な体験だと思います。「冬の旅」は全曲通して75分——これはたいていの交響曲やオペラの一幕よりも長いですし、オペラの一人の登場人物が全幕で歌う合計よりも長いぐらいです。その意味では、歌手にとっても聴衆にとっても耐久力が要求されますが、でもすぐれた演奏に出会えば、聴衆にとっても忘れられない体験になることでしょう。

――最後に、パドモアさんがもっとも影響を受けた歌手について教えてください。

パドモア いろいろな歌手から影響を受けましたが、敢えて挙げるとすればフィリップ・ラングリッジでしょうか。言葉に対する姿勢がとにかくすばらしく、多大な影響を受けました。またアントニー・ロルフ・ジョンソンは、イギリスのテノールの中でもっとも美しい声を持っていており、彼からも多くを学びました。
でも最近ではどちらかというと、役者の声を聴いて勉強します――芝居を観に行ったり、CDで役者による詩の朗読を聴いたり。現在の私は、表現したいことを実現するための声の技術は身に付いていると思うので、むしろいかに声のことを気にしないで、言葉を表現できるかということを追求していきたいと思っています。

――今日はありがとうございました。

(2014年6月2日、ロンドンにて)

(文・構成:後藤菜穂子 写真:Marco Borggreve 協力:ユーラシック)

【公演情報】
マーク・パドモア&ポール・ルイス
~シューベルト三大歌曲集全曲演奏会~

2014年
12月4日(木) 19:00開演(18:00開場)
12月5日(金) 19:00開演(18:00開場)完売
12月7日(日) 15:00開演(14:00開場)
全席指定 各日7,000円

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