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ミロシュ 一問一答

王子ホールマガジン Vol.36 より

鮮烈なデビューを果たし世界中を席巻しているギター奏者のミロシュ。イケメンぶりが話題となっていますが、取材の合間も時間を惜しむようにギターを手にするなど、脇目もふらずギター道に邁進するそのストイックさも大きな魅力です。

ミロシュ(ギター)

モンテネグロ生まれ。8歳でギターを始め、幼くして主要なコンサートに出演し、国内で広く知られる。11歳でモンテネグロ音楽コンクールで優勝し、生地ポドゴリツァの音楽学校を卒業後、奨学金を得てロンドンの王立音楽院に入学。マイケル・ルーウィンのもとで勉学に励み、2004年6月、クラスの最年少にもかかわらず首席で卒業。さらに同音楽院修士課程で2年間研鑽を積み、卒業リサイタルで最優秀賞を得る。在学中は複数の財団からの支援を受けるほか、数多くのコンクールに優勝し、各地の音楽祭に出演。独奏、室内楽、レコ-ディングの分野で幅広く活躍。ダダリオのJ46の弦とグレッグ・スモールマンの07年製ギター(貸与)を使用している。11年春にドイツ・グラモフォンよりデビュー・アルバムがリリースされている。

 

Q 8歳のときにギターを始めたそうですが、どのような少年時代だったのですか?

ミロシュ 幼い頃からとにかく音楽が好きで、8歳のときに音楽教室へ行きたいと父に頼みこんだんです。モンテネグロの音楽学校は、試験に合格した児童は誰でも無償で受け入れていました。最初はヴァイオリン科に入ったんですがあまり好きになれず、ピアノは高価なので手が出なかった。そんなとき、誰も弾かずに放置されているギターが家にあることを思い出したんです。もともと歌うことが得意だったし、これでギターを覚えればロックスターになれるだろうと(笑)。
 もちろん音楽学校にロックスター養成コースなどなくて、クラシックギターを教わるわけですけど、すぐに退屈してしまいました。父はそんな私に刺激を与えようと、自分が持っていたレコードをいろいろと聴かせてくれました。そうしてあるとき耳にしたのが、アンドレス・セゴビアの弾くアルベニスの《アストゥリアス》でした。ひとつの楽器と人間の指だけでこれほど美しいものを生み出せるなんて、信じられなかった。私はこの瞬間からクラシックギターを愛するようになり、今日にいたるまで一度もその情熱を失うことなく、地道に努力を重ねてきました。それもすべて、いつかセゴビアのようにギターを弾きたいという夢があるからです。

Q  デビューアルバムの1曲目にアルベニスの《アストゥリアス》を入れたのは、そういう背景からなのですね。

ミロシュ その通りです。自分の人生の方向を決めた、重要な曲ですから。

Q デビューアルバムは『地中海の情熱』というタイトルの通り、地中海がモチーフになっています。小さい頃は海に面した別荘で過ごす時間が多かったそうですね。

ミロシュ 祖父が建てた別荘があって、親戚同士で連れ立ってしょっちゅうそこへ行っていました。当時はユーゴスラビア紛争のさなかで国がたいへんな困難に直面していましたが、時間だけはたっぷりありました。この家にいる間は好きなだけビーチや庭で遊んで、幸福な時間を過ごしていました。だから地中海は自分にとってすごく大きな意味を持っているんです。
 世界デビュー作品となるCDには、こうした自分のルーツにつながる曲をぜひ入れたかった。弾いていると昔の思い出が甦ってくる曲がたくさんあります。聴いてくださる方にも地中海の空気を感じていただきたいですね。

Q ユーゴ紛争時でもモンテネグロは比較的安全だったそうですが、具体的にはどういう状況だったのですか?

ミロシュ モンテネグロ国内では戦闘は行われませんでした。ただし当時は完全に他国から隔離され、物資が不足していました。両親はたいへんな苦労をしたと思います。でもそういった困難な時期だからこそ、家族も友人も学校の先生方も、皆が支え合っていたように思います。私はそんな時期に音楽と出会い、ギターという楽器を通じて美しい世界を創り出し、分かち合えることを知りました。音楽家として人々の前で演奏をしたいという想いが強くなったのもそのためです。

Q ロンドンの王立音楽院に入学するまでの経緯は?

ミロシュ 初めて外国を訪れたのは1996年のことで、クリスマス前のパリでした。ほとんど何もない国で育った自分にとって、パリの輝きはたいへんな刺激となりました。その後イタリアにマスタークラスを受講しに行ったりするうちに、ギターを学ぶならイギリスの王立音楽院が最高の場所だと教えられました。それからというもの頭の中はロンドンへ行くことでいっぱいになりました。渡英する直前には99年のNATO軍によるセルビア空爆が行われ、政治的に緊迫した状態で、うんざりするほどの重圧の中で暮らしていました。そんな時期にロンドンへ行くのは精神的にも金銭的にも厳しかったし、何より家族と離ればなれになることがつらかった。
 王立音楽院に入学した私は、学ばなければならないことがいかに多いかをすぐに思い知らされ、一心不乱に勉強に打ち込みました。そうすることで寂しさを紛らわしていたとも言えます。私の場合、自分がどういう国からやってきたのかということも知られていたし、同級生よりも2歳若く入学したということが幸いして、先生や先輩やクラスメートがよく面倒を見てくれました。
 最初に帰省したときのこともよく憶えています。入学した年のクリスマスでしたが、実家に帰るのが楽しみで毎晩飛行機のチケットを眺めていました。そうしてクリスマス休暇が終わって再び故郷を後にしたときは、大きな木が根元から引き抜かれたみたいな、胸をえぐられるような想いがしました。

Q 大きな成功を収めつつある今、ご家族も喜んでいるのでは?

ミロシュ どの国にいても家族への連絡は欠かしません。父や母に電話をすると、私の活動について喜んでくれるし、誇りに思うとも言ってくれます。でも必ず訊かれるのは、私がハッピーかどうか、それだけです。自分が幸せかどうかを常に気にかけてくれる家族がいるからこそ、地に足を着けて活動を続けられるのです。

Q 7月の王子ホール公演の聴きどころは?

ミロシュ 今回は日本デビューということもあり、自分というアーティストのいろいろな面をお伝えできればと考えています。このプログラムではギター演奏のあらゆるスタイルをお聴きいただけます。古典的なバッハからヴィラ=ロボス、ドメニコーニ、アルベニス……それぞれの曲で異なる役を演じられるという楽しみがありますね。

Q 今後の活動の展望について教えていただけますか?

ミロシュ 私の活動はまだ始まったばかりなので、レコーディングしたい曲も、コンサートで演奏したいプログラムもたくさんあります。それに同時代の作曲家と組んでレパートリーの拡大にも努めたいし、ギター・ソロに限らず、さらに言えばクラシックに限らず、ジャズやフラメンコやワールドミュージックやポップスなど、あらゆるジャンルの音楽家と共演してみたい。21世紀に生きる私たちは、自分の慣れ親しんだ環境から足を踏み出していくべきだと思います。

Q ところで小さい頃はギターだけでなく歌でも才能を発揮していたとのことですが、今でも歌うんですか?

ミロシュ ええ、ひとりのときは(笑)。今でもよくオペラを聴きますし、気分がのれば友達の前で歌ったりもします。生まれ変わったらオペラ歌手になりたいですね。もっともこの人生はギター一筋で生きていくつもりなので、当面はギターが私の声というわけです。

(文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史
 協力:パシフィック・コンサート・マネジメント、ユニバーサル・ミュージック)

【公演情報】
transit Vol.2 ミロシュ
2012年7月12日(木) 19:00開演(18:00開場)
全席指定 \5,000

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