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アレクサンドル・メルニコフによるプログラム・ノート

王子ホールマガジン Vol.34 より

イザベル・ファウストのパートナーとしてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲を披露してくれるアレクサンドル・メルニコフ。2月の連続演奏会を前に各曲についてのコメントをいただきました。

アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)

モスクワ生まれ。16歳の時、著名国際コンクールで矢継ぎ早に上位入賞を果たす。各国の一流オーケストラ/指揮者とも共演を重ねており、リサイタルや室内楽でも好評を得ている。ハルモニア・ムンディから多数のアルバムをリリースしている。

ヴァイオリン・ソナタ 第1、2、3番 Op.12

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、ピアノ・ソナタやチェロ・ソナタと比べるともう少し伝統的な形式に則っていると言えるでしょう。これら3つのソナタではまだピアノが優勢で、主題はすべてピアノが最初に奏でます。しかしこれらの作品がウィーンで初演されたときは厳しい批判を受けたと伝えられています。やはり当時の基準からすればかなり先進的な作品だったようですね。

ヴァイオリン・ソナタ 第4番 Op.23、第5番 Op.24

この2つのソナタは本来同じ作品番号で括られていたのですが、出版社の手違いによって別々の出版となってしまいました。個人的にはこれら2つの作品がヴァイオリン・ソナタのなかでは最も実験的なものと言えるような気がします。有名な《春》のソナタではヴァイオリンがはじめに主題を奏でますが、これはそれまでにはなかったことで、モーツァルトのソナタでは見られない流れです。ヴァイオリンとピアノが対等の地位を占めるようになったのはここからです。第4番のソナタは伝統的な形式をとりつつも、非常に速い楽章が2つあって、その間にスケルツォ的な緩やかな楽章があるという珍しい構成となっています。

ヴァイオリン・ソナタ 第6、7、8番 Op.30

これらはピアノ・ソナタ Op.31の3曲(第16、17、18番)とほぼ同時期に書かれたものです。ベートーヴェン中期のはじまり頃の作品で、他の同時期の作品と同じように自信にあふれた筆致で描かれています。その中で第6番は他の曲と比べても知名度が低いのですが、私たち2人にとっては第10番の次ぐらいに好きな曲です。これは本当に美しい。とくに興味深いのは、このソナタの最後の楽章が《クロイツェル・ソナタ》の最終楽章と入れ替えられたという点でしょう。第7番は典型的なベートーヴェンというか、彼にとって特別な調性であるハ短調で書かれています。そして第8番はとてもユーモアのある作品。こうして3曲を並べるとひとつのサイクルとしてよくまとまっていることが分かるでしょう。

ヴァイオリン・ソナタ 第9番 Op.47

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの中でもとりわけ人気がある曲ですね。よく知られているように非常に協奏曲的な作品です。この曲の冒頭部分で、初演のヴァイオリンを務めたブリッジタワーがちょっとした即興をしたところ、ピアノを弾いていたベートーヴェンが飛び上がって『素晴らしい!』と彼を抱きしめたとか。私たちのレコーディングでも、提示部をリピートする際にこの装飾を入れました。これについては実際のテキストも残っているんです。とても面白い試みだと考えているのですがいかがでしょうか。

ヴァイオリン・ソナタ 第10番 Op.96

この作品は客観的に見て、これら10曲のなかでも最高の出来だと言えるのではないでしょうか。この作品はベートーヴェンの晩年の作品というわけではないのですが、ヴァイオリン・ソナタはこれ以上書くつもりがないのだということを、彼は紛れもないかたちで示しています。この曲にはどこか実存主義的なテイストが漂っていて、『田園』的なアイディアを扱いつつも、その表現の仕方が興味深い。あたかも「理想郷を描くことはできるけれども、それはまやかしに過ぎない」とでも言いたげです。この作品に触れると感情が深いところで動かされるのを感じます。

(文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史 協力:ジャパン・アーツ)

【公演情報】
イザベル・ファウスト&アレクサンドル・メルニコフ
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会
2012年
2月16日(木) 19:00開演(18:00開場)
2月17日(金) 19:00開演(18:00開場)
2月18日(土) 14:00開演(13:00開場)
全席指定 各日6,500円、3公演セット券18,000円

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