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王子ホールマガジン 連載
ピアノという仕事 Vol.3 

平井千絵

ピアノという仕事王子ホールマガジン Vol.30 より

数ある西洋楽器のなかでもメジャーな存在といえば、ギターやフルート、ヴァイオリン、そしてなによりピアノだろう。だがピアノで食べている人間はそう多くない――ほとんどの場合は子供のころの『お稽古』で終わるものが、長じて生活の糧を得る手段となるまでに、どういった変遷をたどるのだろう。この連載では王子ホールを訪れる、ピアノを仕事とする人々が、どのようにピアノと出会い、どのようにピアノとかかわっているのかにスポットをあてていく。

第3回のゲストは、以前鈴木秀美とのデュオでオリジナル楽器によるシューベルトやショパンを聴かせてくれた、フォルテピアノ奏者の平井千絵。湿度や温度の影響を受けやすく手のかかる楽器だが、あえてフォルテピアノを選んだ理由とは――

平井千絵(フォルテピアノ)

桐朋学園大学ピアノ科卒業。オランダ政府給費留学生、文化庁在外派遣研修員として渡欧。デン・ハーグ王立音楽院古楽器科修士課程を栄誉賞付き首席で卒業。第38回ブルージュ国際古楽コンクールほか数々のコンクールで受賞。現在はスタンリー・ホッホランドとの4手連弾のデュオ活動のほか、ソロ、アンサンブル等、ヨーロッパ各地及び日本において積極的な活動を続けている。チェリスト鈴木秀美と録音したメンデルスゾーン作品のCDは、平成18年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞している。

 

 

Q まずはどういう経緯でピアノと出会ったのかお話しいただけますか。

平井千絵(以下「平井」) 3歳、4歳ぐらいのときに、近所のピアノの先生のお宅で生まれて初めてグランドピアノというものを目にして、赤と緑のフェルトや金の鋳物の組み合わせを見て、「これは素敵だ! ゼッタイにやりたい!」と夢中になりました。

Q 念願のピアノに初めて触ったときの感触は憶えていますか?

平井 手触りよりも、自分はこのカッコいいピアノという楽器の前に座って、これを操っているんだという満足感がありました。ですからまずビジュアルから入ったわけです。そして週1回のお稽古に通って、自宅のアップライトピアノをいじっているうちに、気が付いたら音楽高校に進学するルートに乗っていました。

Q 音大ではずっと現代ピアノを学んでいたとのことですが、フォルテピアノを志すようになったきっかけは?

平井 たしか大学3年のときに、アンドレアス・シュタイアーとクリストフ・プレガルディエンの『冬の旅』を聴いて、自分でもフォルテピアノをやりたいと思うようになったんです。けれども非常に繊細な楽器だし、おいそれとできるものではないだろうなという意識があったので、卒業するまでは集中して現代ピアノに取り組んでいました。

Q モダンピアノとフォルテピアノ、どこが違ったのですか?

平井 まず音色が違いました。ただひとつ音を出しただけなのに、そこに物語があるように感じられる。それに音が見える――文字通り音の色が見えるような感覚がある。そしてあるとき実際にフォルテピアノを触る機会があって、もうトリコになってしまいました。一筋縄ではいかないだろうけど、もっとこの楽器について知りたいという思いに駆られて故・小島芳子先生のところへレッスンに通うようになり、更には先生に後押しされて、オランダに渡ってスタンリー・ホッホランド先生のもとで学ぶようになりました。最初は1年みっちり勉強して、日本に帰ったらモダンピアノの仕事をしようかなと考えていたのですけど、自分が本当に好きなのはフォルテピアノなのだと実感し、これをモノにするにはまだまだ時間が必要だと判断したんです。

Q オランダでは学校で学ぶだけでなく、コンサートもやっていらしたのですか?

平井 オランダでは学生に演奏の機会が多く与えられます。学校も未完成のうちからどんどん生徒を外に出していく。学内だったり、近くの教会への出張コンサートだったり。そこへ地域の方が来るんですね。そこで皆さん「今回はここがイマイチだったね」とか結構ビシビシ言ってくれる。

Q ではそうするうちに自然とピアノを仕事にするようになったと?

平井 何かひとつドラマがあって仕事がはじまったわけではなくて、学生時代に開いていた無料のコンサートがやがて有料になったというか……先生の代役として出演して、そのときのエージェントから声をかけていただいたこともありますし。

Q フォルテピアノはいろいろと手のかかる楽器だと思いますが、それを補って余りある魅力とは?

平井 ご存知の通り、調律やメンテナンスなどの環境づくりは大変です。でも私がフォルテピアノに魅せられた理由というのは、この楽器に触れていると指先が喜ぶからなんです。谷川俊太郎さんに「かっぱ」という詩がありますよね、「かっぱかっぱらった/かっぱらっぱかっぱらった/とってちってた」という。こういう言葉遊びの詩で舌が喜ぶのと同じで、指先がすごく喜ぶ。私にとってこの感覚は、他の楽器では決して味わえないものなんです。それがとにかく好き。自分で呆れちゃうくらいこの楽器が好きだから、1日何回も調律しなければならないという点ですら、「かわいいなぁ」と思っちゃう(笑)。

Q 楽器は何台お持ちなんですか?

平井 3台です。日本とオランダにあって、オランダの楽器はアムステルダムのスタジオに置いてあります。フォルテピアノとしては後期の型で、これを使ってショパンのアルバムを録音しました。聴く人が気持ちいいだろうなという作品をピックアップしていったところ、ほぼ晩年の作品ばかりになりました。《舟歌》とか《ノクターン》というものに混じって、同時代に活躍したグリンカの《舟歌》や《ノクターン》もカップリングしたので、面白い作品になりましたよ。

Q では使用した楽器の年代と収録した作品の年代も重なっているわけですか?

平井 はい、自然とリンクしました。楽器は1840年に作られたもので、作品は1曲を除いてそれ以降のものです。ショパンが生涯の総決算をしているような、じんわりとした味わいの作品ばかりです。ショパンってときどき不思議な書き方をしているんですけど、その時代の楽器で弾くとそれがすごく自然に感じられます。フォルテピアノと一言でいっても、実に色々な種類があるんです。たとえば黒鍵の幅にしても、モーツァルト時代のものは現代のものとそれほど差はないけれど、シューベルトの時代になると極端に幅が狭くなる。そうかと思うと黒鍵が非常に長くて白鍵がほんのわずかしかなかったりして、そういう楽器で弾いてみると、指使いとか手首の角度とか、いろいろな面でイマジネーションが湧いてきます。そうした知識やイマジネーションをベースにして、自然に、指が喜ぶように弾くと、音楽が生き生きと立ち上がってくる。時代に埋もれてしまった曲というのは現代の楽器で弾くとイマイチで、その結果光が当たらなくなってしまったのかも知れません。だから自分の演奏会では、有名ではないけれど、古い楽器で弾くと魅力的に聴こえるものを入れるようにしています。

Q 来年4月から「銀座ぶらっとコンサート」でご自身のシリーズ公演が始まりますが、わりとマイナーな作曲家を集めていますよね?

平井 フォルテピアノが活きるプログラミングを第一に考えています。初めてフォルテピアノを聴く方に「これはすごい」と感じていただきたい。だから有名曲も採りあげますが、皆さんが知らない曲も入れたいなと考えたんです。初めて聴く作品って、旋律を追いかけるのではなくてその『音』そのものに注意がいくと思うので。

Q 最初の2回は『女性』がキーワードになっていますが。

平井 別に女性擁護のためにやっているわけではないですよ(笑)。でも女性に捧げられた曲というのはとても多いんです。作曲家のパトロンには豊かで教養もある高貴な女性が多かったし、サロン文化を引っ張っていったのも女性だった。そういうところを紐解きつつ、とてもサロン的な場所である王子ホールでちょっといい時間を過ごせるような公演をしてみたいなと思っています。

(文・構成:柴田泰正  写真:藤本史昭 協力:ムジカキアラ)

【公演情報】
銀座ぶらっとコンサート #49
平井千絵 “ぴあのの部屋” Vol.1 ~Women Only!~

2011年4月6日(水) 13:30開演(13:00開場)
全席指定 2,500円

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