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インタビュー カニサレス

王子ホールマガジン Vol.48 より

フラメンコの巨星パコ・デ・ルシアのバンドで10年にわたってセカンド・ギターを務め、パコの真の後継者としてフラメンコ界のみならずクラシック界でも活躍を続けるフアン・マヌエル・カニサレス。この9月には彼自身のカルテットを率いて王子ホールに初登場します。前半にファリャ、後半に自身のオリジナル作品を配したプログラムで、ラトルに「驚異的」と言わしめた技量を堪能していただきます。来日に先立ち音楽ジャーナリストの林田直樹氏によるメール・インタビューの抜粋をご覧ください――

フアン・マヌエル・カニサレス(フラメンコ・ギター)

1966年、スペイン東部のカタルーニャ生まれ。88年から巨匠パコ・デ・ルシアのセカンド・ギタリストとして10年間活動を共にする。97年ソロ・デビュー。フラメンコ界に新風を吹き込み、確固たる地位を築く。2011年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団からの招待を受け「アランフェス協奏曲」を共演。クラシック界からも大きな注目を浴び、以来、フラメンコ・ギタリストとして活動と平行し、ヨーロッパ中のオーケストラと共演を重ねている。さらに、スペインの作曲家、アルベニス、グラナドス、ファリャ、のクラシック曲をギターでアレンジした公演も行い、アルバムもファリャ三部作やスカルラッティなど多数リリースし高く評価されている。13年、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで初来日。同年12月に初の単独来日公演を成功させた。

 

――カニサレスさんはこれまで、ジャズやロックなどさまざまなジャンルのアーティストとコラボレーションされてきましたが、そのなかでフラメンコだけの独自性というものをどう再認識しましたか?

カニサレス ジャズや、ロックの一流アーティストと共演させてもらうことが出来たのは、私のキャリアにおいても、とても大きな経験でした。彼らのテクニックや演奏、音楽に対するフィロソフィーに触れることで、私の視野を広げることが出来ましたし、逆にフラメンコという音楽を客観的に見直すとてもいい機会になりました。これは、ちょうど自分の国を離れて外国に行ってみると、それまでは見えなかった自分の国の素晴らしさや、独自性が見えてくるのに似ています。
 フラメンコの音楽の独自性は、やはりなんといっても音楽そのものが「言語」であるということです。演奏と同時に作曲している音楽は、私の知る限り他にありません。リズムパターンを基礎に、演奏者同士が会話を交わすように音楽が創られていく。それがフラメンコの魅力であり、他のジャンルとは大きく違うところでもあります。リズム感が大切なのは、言うまでもありません。

――あなたはファリャの音楽を研究しギターに置き換えることによって100年前のフラメンコに出会いました。それは現代のフラメンコとは何が違っていましたか?

カニサレス これまで私が編曲を試みる中で研究し、追求したファリャの音楽から感じ取れる昔のフラメンコは、例えば使われるコードの種類や音楽の旋律という意味では、今のフラメンコ比べずっと単純だったように感じました。しかし不思議なことに、その巧みな使い方によって音楽そのものは非常に深く重厚な響きを持っているのです。現代のフラメンコには、とかく複雑なリズムやコードを多用する傾向がありますが、こうした経験から、逆にシンプルなものでどのように深みを表現するか、という基本に立ち返ることが出来たように思えます。これからの私のフラメンコの作曲の新たな道しるべとなりそうです。

――フラメンコが未来も伝統を継承し、強く生き続けていくためには、何が必要でしょうか。

カニサレス フラメンコが言語という観点からすると、我々の話す言語がそうであるように、やはりある種の「進化」を遂げていかなければいけないと思います。それでこそ、フラメンコが生きた芸術として後世に繋がっていくと思うのです。しかしその「進化」は、奇抜性や突飛性を追求するものだけであってはいけません。ある一歩を踏み出すたびに、伝統的なフラメンコに一度立ち返る必要があると思うのです。私の考える「進化」とは、別のジャンルとの安易な融合を目指すものではありません。伝統を踏まえた上で、その延長線上に新たな可能性を創造していくことにあります。もちろん、それば非常に難しいことです。私も模索しているところです。

――あなたはスペインの作曲家をギターに編曲・演奏する挑戦を続けてこられました。アルベニス、グラナドス、ファリャ。この3人の作曲家の印象と本質について、どう受け止めているか、お教えください。

カニサレス この偉大な3人の作曲家に共通しているのは、いずれも感受性の豊かな音楽家であったと思います。自国の民謡やフラメンコに歩み寄ったという点でも共通していますし、彼らの作品にそれらが顕著に表れています。もうひとり、現在編曲を手がけているホアキン・トゥリーナからも同じ印象を受けます。

――今回の公演では前半はファリャの楽曲を演奏するようですね。ファリャだけ、3タイトルのアルバムを出しています。あなたにとってファリャは特別なのですか?

カニサレス 今回の来日では、第1部でファリャの音楽を、第2部で私のフラメンコの音楽を演奏する予定で、現在世界各国でも同じプログラムを披露しています。確かにファリャは私の好きな作曲家で、特にフラメンコ色の強い作品をたくさん書いているので特別な存在です。ファリャは、1922年に詩人ガルシア・ロルカとともにグラナダでカンテ・ホンドのコンクールを開催したことでも知られています。それだけフラメンコに造詣の深い音楽家だったことの証です。

――スペインの作曲家の楽曲を取り上げるようになって、あなたの音楽性、演奏は変わりましたか?

カニサレス もちろん、いろいろな意味で影響を受けています。編曲をするためには、その音楽を深く追求し、研究しなければいけません。そうした作業のひとつひとつが、私の音楽的な発想に新たな視点を与えてくれたことは言うまでもありません。そしてそれは、今後の私のフラメンコの音楽の作曲にも、いい意味で影響を与えてくれると確信しています。

――あなたが使っているギターは、フラメンコとクラシックのハイブリッドだとのことですが、そもそもフラメンコ用のギターとクラシックのギターの本質的な違いとは何でしょうか。それを融合することで、何が可能になるのでしょうか。

カニサレス クラシックギターとフラメンコ・ギターの外見はそっくりです。しかし、クラシックとフラメンコでは目指す音や音楽的な要求が違うため、両者のギターの構造は全く異なります。分かりやすく言うと、クラシックでは、1音ごとの響きを大切にするため弦高(弦とフレットの隙間)が高いのに対し、スピード感を求められるフラメンコでは弦高が低いのが一般的。響きを重視するクラシック・ギターはボディー部分が厚く出来ているのに対し、フラメンコ・ギターは音の立ち上がり(弦を弾いてから最大の音になるまでの時間)を重視し、音の減衰を早くする目的で、あまり共鳴させない作りになっており、また弦高が低いために特有の(弦とフレットの接触する時の)雑音もあり、フラメンコ・ギターでクラシックが求める音を出そうとするには限界があるのです。
 2010年の春、翌年に開催されるベルリンフィルのヨーロッパ・コンサートで『アランフェス協奏曲』を演奏する事が決まったとき、脳裏をよぎったのは、どのギターで演奏するか?という問題でした。この曲を演奏するのには、フラメンコ・ギターはあまり適していないだろうと考えたからです。私はこの『アランフェス協奏曲』をフラメンコ的な奏法で演奏しようと決めていましたから、フラメンコ的な特性の全くないクラシック・ギターで演奏するという可能性も選択肢からは消えていました。
 私は、18世紀から続くギター製作者の6代目ビセンテ・カリージョに相談しました。ビセンテの答えは「それならハイブリッド・ギターを作るしかないな。少し時間をもらえるだろうか?」。ハイブリッド・ギター。それは、フラメンコの奏法に適しながら、同時にクラシックの求める音の特性を再現出来る、夢のようなギターです。ビセンテはしばらくの間、ギター工房に缶詰になり、試行錯誤を繰り返しながら、9ヶ月間で、理想のハイブリッド・ギターを完成させました。出来上がったハイブリッド・ギターは、クラシックの演奏に適した美しい音質を持ち、同時にフラメンコ奏法に見事に反応する素晴らしいギターでした。
 2011年5月1日。ベルリンフィルとの共演の日、客席にはビセンテの姿がありました。ビセンテは、自分の製作したギターがこの大舞台で日の目を見た事に感激し、第3楽章の演奏が終わると、人目をはばかる事なく男泣きに泣きました。

――演奏曲目、構成など、今回の来日公演の見所を教えて下さい。

カニサレス 今回の来日公演では、第1部でファリャの楽曲を、第2部で私のフラメンコの音楽を披露する2部構成です。見所は、なんといってもコンサートのために新しくカルテットにアレンジしたファリャの楽曲です。CDではギターだけで演奏していますが、ステージでは私と、フアン・カルロス・ゴメスのギターに加えて、チャロ・エスピーノのカスタネット、アンヘル・ムニョスのカホン、そしてふたりが巧みに織りなすパルマによって、ファリャの音楽のフラメンコ的な魅力を最大限に引き出します。また、アンヘルとチャロのバイレによって、ファリャの音楽がさらに立体的に浮かび上がってくるのも見逃せません。

(訊き手:林田直樹 構成:柴田泰正 写真:Amancio Guillén 協力:プランクトン)

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