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インタビュー アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン

王子ホールマガジン Vol.48 より

昨年12月にJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲を1日で弾き切り、大喝采を浴びたアリーナ・イブラギモヴァ。その前年には盟友セドリック・ティベルギアンと3日間にわたってベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全10曲を演奏。「全曲演奏をすることでその作曲家の全体像がつかめる」と語る彼女は、再びセドリックと組み、本年秋から2016年春にかけて全5回の「モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会」を王子ホールで敢行します。13年の来日時、リハーサルの合間に注目の若手デュオに話を訊きました――

アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)

ロシア生まれ。モスクワのグネーシン音楽学校で学び、1995年に家族とともにイギリスに移住。メニューイン・スクールと王立音楽院で学び、ゴルダン・ニコリッチ、クリスティアン・テツラフ、エイドリアン・バターフィールド等に師事。バロック音楽から委嘱新作までピリオド楽器とモダン楽器の両方で演奏し、ウィグモア・ホール、コンセルトヘボウ、ムジークフェライン、カーネギー・ホールなどの他、ザルツブルク、ヴェルビエ、ロッケンハウスなどの音楽祭に出演している。2010年のロイヤル・フィルハーモニック協会のヤング・アーティスト賞、ボルレッティ=ブイトーニ・アワードを受賞。ハイペリオン・レコードで録音を多数行っている。使用楽器は、ゲオルク・フォン・オペルから貸与されたアンセルモ・ベローシィオ(c.1775年製)。

セドリック・ティベルギアン(ピアノ)

パリ国立高等音楽院でフレデリック・アゲシーとジェラール・フレミーに師事し、1992年、わずか17歳でプルミエ・プリを受賞。その後、複数の国際コンクールで入賞し、98年ロン=ティボー国際コンクールでの優勝では、合わせて5つの特別賞も受賞した。60曲を超える協奏曲のレパートリーを持ち、一流オーケストラと共演を重ねている。室内楽にも熱心で、特に、アリーナ・イブラギモヴァ、アントワン・タメスティ、ピーター・ウィスペルウェイと定期的にパートナーを組んでいる。最新のCDは、ハイペリオンより2014年『シマノフスキ:ピアノ作品集』をリリースし、各誌で絶賛された。その他6枚のソロ作品集がハルモニア・ムンディからリリースされている。

 

――お二人はBBCラジオ3の「ニュー・ジェネレーション・アーティスト」に選ばれたのがきっかけで初めて顔を合わせたと聞いています。お互いどういった印象を持たれましたか?

セドリック・ティベルギアン(以下「セドリック」) 一言でいうなら「好印象」ですね(笑)。

アリーナ・イブラギモヴァ(以下「アリーナ」) たしか2005年でした。そのときはラヴェルの三重奏曲を演奏したんです。弾いていてすごくフィーリングが合ったので、リサイタルもやろうという話になりました。

セドリック 「ニュー・ジェネレーション・アーティスト」では自分たちのやりたいプログラムを提案して、それがラジオ向けに録音されました。あらゆる要望を叶えてもらえるんです。当初はベートーヴェンの第8番とラヴェルとフランクというプログラム。いいリサイタルになりました。

――その後あちこちで共演されるようになったわけですね。ベートーヴェンのソナタ全曲演奏のような、大きなプロジェクトに取り組むようになったのはいつごろからですか?

アリーナ 共演するようになって1、2年後でしょうか。

セドリック 最初はシマノフスキ作品を集めたプログラムやフランスもののプログラムをやりました。全曲演奏はプログラムとしても面白いし、それに挑戦することで自分たちが成長できるだろうから、常々やりたいと思っていました。2006年ごろ、私はベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲演奏をしていて、更にベートーヴェンを掘り下げたいと思っていました。ヴァイオリン・ソナタは大変な作品ですから、多くの時間をかけて練習をし、研究を重ねる必要があります。そうした準備期間が自分たちの成長にもつながると思いました。そんなふうに考えていたときに、ウィグモア・ホールがベートーヴェン・ツィクルスにゴーサインを出してくれたんです。

アリーナ 当時私たちはまだまだ若かったし、ベートーヴェンのツィクルスというと、もっと成熟したアーティストにやらせるのが普通でしょうから、嬉しいサプライズでしたね。

セドリック ウィグモア・ホールが私たちにチャレンジをさせてくれるというのだから、喜んで引き受けましたよ。

アリーナ 初めてのツィクルスのときは、全10曲中半分ぐらいしか過去に演奏したことがなかったので、すごく怖かったですね。今ではそれほどビビらなくなりましたけど(笑)。

セドリック 頑張って鍛えてきましたから! ベートーヴェンのソナタは1曲1曲が非常に濃密なので、初めて弾くときはどのようにアプローチすればよいのか分からなかった。でも今ではその感覚がつかめてきました。今回は3日かけて10曲を弾いたので、次なるチャレンジは1日での全曲演奏ですかね(笑)。

――シューベルトのヴァイオリン作品全曲演奏もやったそうですね。そのアイディアはベートーヴェン全曲を経験したことで生まれたのですか?

セドリック また自分の話になりますけれど、ベートーヴェンばかり弾き続けてきた後で、こんどは気分を変えてシューベルトのピアノ作品に取り組んでいたんです。シューベルトのヴァイオリン作品はベートーヴェンに比べて演奏される機会が少ないので、扱ってみようという話になりました。

アリーナ とてもいい経験になりました。

セドリック ベートーヴェンとシューベルトの対比ができたことも収穫です。

アリーナ シューベルト作品だけを考えても、いろいろな顔がありますよね。リリシズムだけでなくヴィルトゥオーゾ的な部分もある。

――全作品をまとめて演奏することでそれらが見えてくるわけですね。

セドリック ベートーヴェンの重厚なプログラムを経験した後だったので、個人的にはわりと簡単にこなせるのではないかと思っていました。でもいざ取り組んでみるとシューベルト作品はベートーヴェンの全ソナタに匹敵するぐらいの労力が必要でした。

アリーナ ある意味ではもっと難しかった。ベートーヴェンの場合は常に足場のしっかりした場所で演奏ができるけれど、シューベルトを弾くときは空を飛ばなければならない。

セドリック 墜落の危険性もある(笑)。

――そして今度のモーツァルト・ツィクルスに至るわけですが、モーツァルトを扱おうと思うようになったのはいつごろですか?

アリーナ 2012年ぐらいからでしょうか。

セドリック シューベルトが若いころに書いた3つのソナチネと、それまでに何曲か弾いたモーツァルトのソナタに近いものを感じました。まったく同じ書法ではないけれど、所々に影響を感じましたので、興味を持ったんです。

アリーナ 「ならツィクルスをやってみる?」という話になって、「いいね!」と後押ししてくれる人がいたので実現しました。

セドリック 今までにない規模のプロジェクトになりました。ベートーヴェンよりもずっと曲数が多いし。

――モーツァルトのヴァイオリン・ソナタを採りあげるにしても、少年期に描いた作品は省かれることがままあります。

アリーナ 残念なことだと思います。ツィクルスをやる以上は全部弾くべきですよ。

セドリック 後期のソナタのような傑作ではないけれど、どの曲にもどこかしら面白い部分があるし、その後のモーツァルト作品に活かされるアイディアもすでに芽生えている。生命力にも溢れています。6歳ぐらいの子供が書いた作品だということを意識して聴くと、幼さと同時に無垢な魅力も感じます。それにプログラムの構成上も、重要曲の間に軽い作品を挟むことでバランスがとれますよね。プログラミングは大変でした!

――モーツァルト・ツィクルスのプログラム構成にはかなり時間がかかったみたいですね。

アリーナ 1日半かかりました。まずは弾いて、どういう順番で演奏するかを検討したんです。

セドリック そう、アリーナがパリの私の家に来てくれて、まるまる1日と次の日も使ってとにかく全部の曲を弾きました。あれは疲れた(笑)。でもバランスがとれたプログラムにしたかった。考えるうえでまず大事なのは演奏時間ですよね。5回分のプログラムの前後半を、それぞれ40分から50分ぐらいに収める必要があります。そしてどの日にも有名な作品を入れたかった。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタには副題がついていませんが、多くの人が知っている作品がいくつかあります。そういう曲を1つは入れて、それと同時に調性の繋がりを考えました。

――歌曲のリサイタルだともう少し具体的なテーマ性だとかナラティブ要素を提示しやすいかと思いますが、今回お二人は調性とバランスと重視したわけですね。

セドリック そうですね、たとえばコンサートの最後には明るい作品を、休憩後の1曲目はやや深くて内省的な作品を、といった具合です。単に年代順に弾くことはしたくありませんでした。少年期の作品ばかりをまとめて演奏するのは、さすがにやりすぎのような気がします。もしかして予想外にうまくいくかもしれませんが。反対に後期の傑作ソナタをまとめて演奏するというのも、自分たちにとってもお客様にとっても負担が重過ぎるでしょう。

――プログラミングにあたって集中して弾き通した感想は?

セドリック ピアノパートの重要性に驚かされました。ほとんどピアノ協奏曲のようで、正直かなり難しいと思います。譜読みの時点で「全部ものにするには相当な時間がかかるな」と。小さな管弦楽曲とすらいえる内容ですよ。

アリーナ もちろんより難しい曲というのは存在しますね。とくに後期の作品にかけてはお互いの対話が増えていきますし。

――モーツァルト・ツィクルスの第1回は2014年秋でしたね?

セドリック 2014年の夏に3、4日かけてじっくり練習をする予定です。それから9月中旬にロンドンでリハーサルをして、10月にウィグモアだったかと。全5回のリサイタルそれぞれが3、4ヶ所の会場で行われて、その後にウィグモア・ホールで演奏して、その後3日間レコーディングをするという流れになっているので、1回ずつかなり時間をかけて取り組むことになります。もちろんこのデュオ以外にもそれぞれ活動していますから、スケジューリングも慎重に行わないといけませんね。

――リハーサルはいつもセドリックさんの自宅でやるのですか?

アリーナ それはその時々で違います。お互いにとって一番都合のいいタイミングと場所でやります。

――さてモーツァルトのさらに先の話になりますが、アリーナさんはキアロスクーロ・カルテットでピリオド楽器を使った演奏をしていますよね。そういったところにセドリックさんがゲスト出演する可能性は?

アリーナ フォルテピアノを始めてくれればいつでも共演するんですけど(笑)。

セドリック 興味はあるんですよ。アリーナのカルテットの演奏も聴いたことがあるし、メンバーもよく知っている人たちなので、共演できたらとても自然なアンサンブルになると思う。

アリーナ モーツァルトのピアノ協奏曲の室内楽版やピアノ四重奏曲など、共演できる曲はいくつもあります。

セドリック シューベルトの《ます》もひとつの可能性ですよね。もっと時代は下りますが、シューマンのピアノ五重奏曲の可能性についても話したことがあります。でもそのためにはまずピアノからフォルテピアノに切り替える必要があります。これはなかなか大変ですよ……けど、いつの日かやります!

――ありがとうございました。まずは2015年10月のモーツァルト・ツィクルス Vol.1~3ですね。楽しみにしています。

(文・構成:柴田泰正 写真:藤本史昭 協力:ユーラシック)

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